East Almanac
日本語

44. 天风姤 (姤)

第3爻

この爻が動けば に変じる 6. 天水讼 (讼)
九三:臀に膚なし、その行くこと次且たり。厲けれども大いなる咎なし。

現代解釈

姤卦九三は剛強ながらも中庸を欠き、前進しようとしても障害に阻まれて進退に窮するもどかしい状況を表します。思うように動けない不自由さこそが無謀な深入りを防ぐ防壁となり、結果として大過を免れることができます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 44 姤 — 第3爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/44/3

易の占い

九三は下卦の極みにあり、初六に近づこうとしても九二に阻まれ、落ち着きを失って足踏みする象を帯びています。小象伝に「其の行くこと次且たるは、行い未だ牽かれざればなり」とあるように、伝統的な見解では障害によって引き止められることがかえって危険な深入りを避ける助けになると解釈されます。焦って無理に進もうとせず、踏みとどまる自制心を持つことが身を守る道です。

仕事・キャリア

職場で主導権を握ろうとしたり魅力的な案件に介入しようとしても、周囲の思惑や先客の存在によって思うような進展が得られない時期です。古典の読み解きでは、強引な割り込みを諦めて自重することこそが、無用な政争や信用失墜を回避する最善策とされます。今はテリトリー争いから一歩引き、与えられた持ち場を淡々と守るのが賢明です。

恋愛・対人

相手との距離を縮めたいと焦るあまり無理なアプローチを仕掛けても、手応えが得られず気まずい思いをする可能性があります。易学の伝統では、相手の反応が鈍い時に執着して追うことは自尊心を損ねる契機になると戒められています。距離感を弁えて立ち止まり、自然なタイミングを待つことが心の平穏を保つ鍵です。

金運

一見魅力的でも参入障壁が高く周囲が牽制し合っているような投資や案件には、無理に割り込んで資金を投じるべきではありません。伝統的な解釈では、手が出せない停滞感こそがリスク資産への無謀な突撃を阻む防波堤であると示唆されます。目先の欲に囚われず守りに徹することで、無用な資本の毀損を回避できます。

参考資料

原文

小象伝

「その行くこと次且たり」とは、行くこといまだ牽かれざるなり。

古典注釈

伊川易伝爻辞

二と初がすでに相遇い、三は初を喜悦して二に密比するも、安んずるところにあらず。また二の忌み悪むところとなり、その居は臀に膚なきがごとく安からず。処してすでに安からざれば立ち去るべきであるが、姤の時に居りて志は遇を求め、一陰が下にあることこそ欲するところである。ゆえに処して安からずといえども、その行くところはまた次且(じしょ)たり。次且とは進み難き状であり、たちまち捨てることあたわざるをいう。しかるに三は剛正にして巽に処し、終には迷わざる義がある。もしその不正なるを知りて危懼を懐き敢えて妄動せざれば、もって大いなる咎なきを得る。義にあらざるに遇を求むるはもとよりすでに咎があるが、危うきを知りて止まれば大過に至らないのである。

伊川易伝小象伝

その初めは初に遇を求むるに志あり、ゆえにその行くこと遅々として未だ牽かれず、その行を促さないのである。すでに危うきを知りてこれを改めるゆえに、未だ大過には至らないのである。

周易注爻辞

下体の極に処し、しかも二は初に拠りて己の乗るところとならず。居りて安きを得ず、行きてその応とならんとするも、牽連して拠りてもって居る所を固くすることあたわず。ゆえに「臀に膚なく、その行くこと次且たり」というのである。しかれどもその位を踏んで正を得ており、妄りに処するのではない。ただその時に遇わざるゆえに危厲を招くのであり、災いは己の招いたものではないゆえに「大咎なき」を得るのである。

周易正義爻辞

正義に曰く、陽の拠るところは陰である。九三は下体の上に処し、内卦の主となり、二に乗るをもって拠るべき陰なく、居りて安きを得ず。上にもまた応なく、牽拠してもって処する所を固くすることあたわず、夬卦の九四の失拠に同じ。ゆえに「臀に膚なく、その行くこと次且たり」というのである。しかれどもまたその位を得て妄りに処するにあらず、ひとえにその時に遇わざるをもってこの危厲を招いたのであり、災いは己の招く所にあらず。ゆえに大咎なきを得るのであり、「厲うけれども大咎なし」というのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「行くこと未だ牽かれず」とは、いまだ牽連して拠ることができず、ゆえに「その行くこと次且たり」であり、これが「行くこと未だ牽かれざるなり」である。

出典