East Almanac
日本語

35. 火地晉 (晋)

第6爻

この爻が動けば に変じる 16. 雷地豫 (豫)
上九:その角に進む。維れ用いて邑を伐つ。厲うけれども吉にして咎なし、貞なれども吝なり。

現代解釈

火地晋の上九は、前進と拡大が頂点に達し、これ以上の無理な外征を控えて内部の引き締めに専念すべき限界点を示しています。角を突き立てるような強硬さを外へ向けるのではなく、自己規律と足元の統制に充てることが過ちを防ぐ鍵となります。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 35 晋 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/35/6

易の占い

易経の伝統において上九は、進取の極みに達した剛強な位であり、爻辞は角を立てて進む勢いを自領の粛正に限定すべきであると説きます。小象伝が「道未だ光ならざるなり」と戒めるように、外的な拡張は行き詰まりやすく、変卦の雷地予が調和の節度を求めることからも、強硬策の乱用は慎まねばなりません。対外的な攻勢を一度止め、内部の制度や自己規律の整備に注力することで危うさを免れることができます。

仕事・キャリア

職務や事業の拡大はすでに限界点に達しており、これ以上の強引な対外進出や無理な要求は周囲との激しい摩擦を生む恐れがあります。今は新たな領分を攻めるよりも、業務フローの改善、規律の是正、既存技術の磨き込みといった内部改革に注力するのが賢明です。ただし、部下や同僚に対する過度な締め付けは人心の離反を招くため、指導には柔軟な配慮が欠かせません。足元を固めて組織の足並みを揃えることが、現在の成果を確実に守る道となります。

恋愛・対人

対人関係や恋愛において、自己の主張を押し通そうとする強引な姿勢が相手に重圧を与え、緊張を生みやすい時期です。自分の正しさに固執して相手を従わせようとすれば、小さな衝突が修復の難しい亀裂へと発展しかねません。角を突き合わせるような対立を避け、まずは自らの言動や感情の波を整える自己反省が求められます。歩み寄りと寛容な姿勢を意識することで、関係の調和と穏やかさを取り戻せるでしょう。

金運

事業拡大による収益向上は頭打ちを迎えており、不透明な状況下での過度な投資や新規事業の強行は市場の逆風を招きやすい局面です。伝統的な知見は外への拡大を控え、遊休資産の整理や経費の見直し、未回収債権の回収といった内部の財務保全に注力することを勧めています。引き締め策は息苦しさを伴うかもしれませんが、急激な反動から基盤を守るためには不可欠です。今は攻めを控え、手元資金と既得利益を確実に防衛することが最善の戦略となります。

参考資料

原文

小象伝

「維れ用いて邑を伐つ」とは、道未だ光大ならざるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

角は剛にして上に居る、上九は剛進の極にして其の象あり。占う者これを得て以て其の私邑を伐(う)てば、則ち危うしと雖も吉にして且つ咎無し。然れども極剛を以て小邑を治むれば、其の正を得ると雖も亦た吝(おし)むべし。

伊川易伝爻辞

角は剛にして上に居るの物なり。上九は剛を以て卦の極に居る、故に角を取りて象となす。陽を以て上に居るは剛の極なり。晉の上に在るは進むの極なり。剛極まれば則ち強猛の過ち有り、進むこと極まれば則ち躁急の失有り。剛にして進むことを極むるを以て、中を失うことの甚だしきなり。用いて可なる所無く、維(ただ)独り邑を伐つに用うれば、則ち厲(あや)うしと雖も吉にして且つ咎無きなり。四方を伐つは外を治むるなり、其の居邑を伐つは内を治むるなり。邑を伐つと言うは内自ら治むるを謂うなり。人の自治たる、剛極まれば則ち道を守ること愈々固く、進むこと極まれば則ち善に遷ること愈々速やかなり。上九の如き者は、之を自治に用いなば、則ち厲うきに傷(いた)むと雖も吉にして且つ咎無きなり。厳厲は安和の道に非ざるも、自治においては則ち功有るなり。復た「貞吝」と云いて以て其の義を尽くす。剛進を極むるは自治に功有りと雖も、然れども中和の徳に非ず、故に貞正の道においては吝むべきとなす。中正を失わざるを貞となす。

伊川易伝小象伝

維だ用て邑を伐ちて既に吉にして咎無しを得るも、復た貞吝と云う者は、貞道未だ光大ならざるなり。正理を以て言えば猶お吝むべきなり。夫れ道既に光大ならば則ち中正ならざる無く、安んぞ過ち有らんや。今過剛を以て自治すれば功有りと雖も、然れども其の道未だ光大ならず、故に亦た吝むべし。聖人は尽善の道を言うなり。

周易注爻辞

進むの極に処り、明の中を過ぐ。明将に夷(やぶ)れんとす、已に角に在り。在りて猶お之を進む、亢(こう)ならずして何ぞや。夫の道化無為の事を失い、必ず攻伐して然る後に邑を服す。危うくして乃ち吉を得、吉にして乃ち咎無し。斯れを用て正となすも、亦た以て賤し。

周易正義爻辞

「上九、其の角に晉む」より「貞吝」に至る。

正義に曰く、「其の角に晉む」とは、西南の隅なり。上九は晉の極に処り、明の中を過ぐ。其れ猶お日の過中にして已に角に在るがごとし、而も猶お之を進む、故に「其の角に進む」と曰うなり。「維だ用て邑を伐つ」とは、角に在りて猶お進み、亢過して已まざれば、端拱無為にして物を自服せしむる能わず、必ず其の邑を攻伐して然る後に之を服す、故に「維だ用て邑を伐つ」と云うなり。「厲吉咎無し貞吝」とは、兵は凶器なり、伐ちて之を服すは、是れ危うくして乃ち吉を得、吉にして乃ち咎無きなり、故に「厲吉咎無し」と曰う。此れを以て正となすも亦た以て賤し、故に「貞吝」と曰うなり。

周易正義小象伝

正義に曰く、「道未だ光(おお)いならざるなり」とは、伐を用いて乃ち服す、これを得と雖も其の道未だ光大ならざるなり。

出典