周易本義爻辞
陰を以て坤の極に居り、其の徳を明らかにせずして以て晦に至る。始めは則ち高位に処りて人の明を傷り、終には必ず自傷して厥(そ)の命を墜すに至る。故に其の象此の如くにして、占も亦た其の中に在り。
第6爻
上六:明ならずして晦し。初めには天に登り、後には地に入る。
明夷の極みに位置し、度を越した自己主張や驕りが招く急激な失墜と状況の暗転を警告する爻です。過去の栄光や立場に固執せず、自らの過ちを真摯に省みて潔く退く姿勢が求められます。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 36 明夷 — 第6爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/36/6
上六は暗黒の極点にあり、爻辞にある「初めは天に登り、後は地に入る」という言葉は、かつて頂点に立ちながらも規範を見失って没落する転落を象徴します。『小象伝』が「則を失う」と指摘するように、傲慢さや分を弁えない振る舞いが事態を急速に悪化させています。現状の危機を直視し、強硬な態度を改めて速やかに引き際を見極めることが肝要です。
これまでの実績や立場への慢心が、周囲との軋轢や思わぬ挫折を引き起こしやすい警戒の時です。伝統的な教えでは、自らの権限を過信して独走すると組織内での孤立や評価の急落を招くと戒められています。過度な野心を抑え、周囲への配慮と反省の念を持って自らの振る舞いを正すことが再起への第一歩です。
一方的な主導権の誇示や相手への配慮の欠如が、二人の間に決定的な亀裂を生じさせている恐れがあります。古典的な解釈が示すように、自分本位な態度は信頼を一瞬で冷え込ませ、取り返しのつかない孤立を招きます。自らの非を素直に認め、頑ななプライドを捨てて相手に歩み寄る姿勢が不可欠です。
一時的な好調や含み益に過信を深め、無理な維持や投機に固執することで急激な損失を被りやすい状況です。伝統的な戒めでは、過剰な欲望に引かれて引き際を誤ることが最大のリスクとされています。甘い見通しをきっぱりと捨て、損失の拡大を防ぐために守りの姿勢を徹底してください。
「初めには天に登る」とは、四国を照らすなり。「後には地に入る」とは、則を失いたるなり。
周易本義爻辞
陰を以て坤の極に居り、其の徳を明らかにせずして以て晦に至る。始めは則ち高位に処りて人の明を傷り、終には必ず自傷して厥(そ)の命を墜すに至る。故に其の象此の如くにして、占も亦た其の中に在り。
周易本義小象伝
四国を照らすとは位を以て言う。
伊川易伝爻辞
上は卦の終わりに居りて明夷の主と為り、又た明夷の極と為る。上は至高の地なり、明至高に在らば本より当に遠く照らすべし。明既に夷傷す、故に明ならずして反りて昏晦なり。本高きに居れば明当に遠きに及ぶべし、初めは天に登るなり。乃ち其の明を夷傷して昏暗たり、後は地に入るなり。上は明夷の終わり、又た坤陰の終わりにして、明傷の極なる者なり。
伊川易伝小象伝
初めは天に登るとは、高きに居りて明なれば則ち当に四方に照り及ぶべきなり。乃ち傷られて昏暗なるは、是れ後は地に入るにして明の道を失うなり。則を失うとは其の道を失うなり。
周易注爻辞
明夷の極に処り、是れ至晦の者なり。其の初めを本とすれば光照に在り、転じて晦に至り、遂に地に入る。
周易正義爻辞
正義に曰く、「明ならずして晦し」とは、上六は明夷の極に居り、是れ至暗の主なり、故に「明ならずして晦し」と曰う。「其の初めを本とす」とは、其の意は四国を光照するに在るも、其の後不明なるに由りて「遂に地に入る」とは、誅滅せらるるを謂うなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「則を失う」とは、法則を失うに由る、故に誅滅せらるるなり。