East Almanac
日本語

37. 风火家人 (家人)

第6爻

この爻が動けば に変じる 63. 水火既濟 (既济)
上九:孚あり威如たり、終には吉なり。

現代解釈

家人卦の上九は、誠信と規律をもって一家や組織の頂点を導き、内なる自省によって最終的な吉祥を得る象徴です。真の威厳とは他者を圧迫することではなく、まず自らの身を正すことから生まれます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 37 家人 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/37/6

易の占い

剛健な陽爻が最上位に位置し、徳と信義によって周囲から自然な敬意を集める指導者の姿を示しています。古典の象伝では「威如の吉は身に反るの謂なり」とされ、外への威圧ではなく自己を厳しく律することこそが長きにわたる平穏を導くと説かれます。言行一致の姿勢を貫くことで、周囲との調和と秩序が盤石なものとなります。自らを律し誠実に行動することが、揺るぎない人望へとつながります。

仕事・キャリア

組織や業界において高い地位や責任ある立場を担う時期ですが、その影響力は自身の卓越した実務倫理と謙虚な態度に裏打ちされている必要があります。ルールを他人に求める前に自らが率先して模範を示すことで、部下や周囲からの心服と安定した協力体制が得られます。独善的な判断を戒め、自らの言動を常に省みる姿勢が長期的な信頼を支えます。背中で誠意を示す姿勢が、確固たる信望を維持する鍵となります。

恋愛・対人

パートナーシップにおいて主導的な役割を果たしやすい時ですが、一方的な要求や支配的な態度は心の距離を生む原因となります。伝統的な家庭道においては、自らの約束遵守や思いやりを徹底し、相手の立場に配慮することが関係の調和をもたらすとされます。日々の誠意ある対話と自省を大切にすることで、互いに敬意を抱き合える温かな関係が築かれます。自制心と思いやりのある行動が、家庭に確かな安心感をもたらします。

金運

財務面では長期的な信用と堅実な自己規律が、これまでに築いた資産を守る最大の防壁となります。あらかじめ定めた健全な管理ルールを自ら遵守し、安易な投機や誇大な儲け話から距離を置くことが重要です。約束された契約や規範を実直に守り通すことが、結果として将来の経済的安定を確かにします。日々の規律ある管理を徹底することが、長期的な財政基盤を強固にします。

参考資料

原文

小象伝

「威如の吉」とは、身に反るの謂いなり。

古典注釈

周易本義爻辞

上九は剛を以て上に居り、卦の終わりに在る。ゆえに家を正しくする久遠の道を言う。占う者は必ず誠信と厳威があれば終には吉である。

周易本義小象伝

威を作(な)すに非ざるを謂う。身を反りみて自ら治むれば、人はこれに畏服する。

伊川易伝爻辞

上は卦の終わりにして家道の成り立ちである。ゆえに家を治むるの本を極言する。家を治むる道は至誠にあらざれば能わず。ゆえに必ず中に孚信があれば、よく常久にして衆人は自ら化して善をなす。至誠に由らざれば己すらなお常に守り得ず、いわんや人をして従わしめんと欲するをや。ゆえに家を治むるは孚あるを本となす。家を治むる者は妻孥の情愛の間にあり、慈が過ぐれば厳しきこと無く、恩が勝てば義を覆い隠す。ゆえに家の患いは常に礼法の足らざるに在りて瀆漫が生ず。長が尊厳を失い、幼が恭順を忘れて家が乱れざる者は未だこれ有らざるなり。ゆえに必ず威厳があれば終には吉なり。家の終りを保つは「孚あり」「威如たり」の二者にあるのみ。ゆえに卦の終わりにこれを言うのである。

伊川易伝小象伝

家を治むる道は身を正しくするを以て本となす。ゆえに「身を反りみるの謂なり」と云う。爻辞には家を治むるには当に威厳あるべしと言い、夫子はまた重ねて戒めて、当にまずその身を厳にすべしと云う。威厳がまず己に行われざれば、人は怨みて服さず。ゆえに「威如たりて吉なる」とは、よく自ら身を反りみる者である。孟子のいわゆる「身道を行わざれば妻子に行われず」である。

周易注爻辞

家人の終わりに処し、家道の成るに居り、「寡妻に刑(のっと)り」、以て外に著す者である。ゆえに「孚あり」と曰う。およそ物事は猛を以て本となす者は恩の少なきを患いとし、愛を以て本となす者は威の少なきを患いとす。ゆえに家人の道は威厳を尊ぶのである。家道を終全ならしむるは、ただ信と威のみである。身が威敬を得れば、人もまた其の如くす。これを身に反りみれば、人に施すべきを知るのである。

周易正義爻辞

正義に曰く、上九は家人の終わりに処し、家道大いに成り、「寡妻に刑り」て以て外に著れ、信は天下に行われる。ゆえに「孚あり」と曰う。威は海内に被るゆえに「威如たり」と曰う。威と信が並び立ち、上は家道を全うすることを得て吉がこれに従う。ゆえに「孚あり威如たれば終には吉なり」と曰うのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「身を反りみるの謂なり」とは、身が人の敬いを得れば人に敬をいたし、身が人を敬えば人もまた己を敬うことを明らかに知り、これを身に反りみればこれを人に施すを知る。ゆえに「身を反りみるの謂なり」と曰うのである。

一撮金爻辞

上九・六爻上中:心中の事は遥かにして、周旋いまだ全からず。龍に逢えば終には吉あり、人と月は永く団欒せん。

出典