East Almanac
日本語

63. 水火既濟 (既济)

第5爻

この爻が動けば に変じる 36. 地火明夷 (明夷)
九五:東隣の牛を殺すは、西隣の禴祭の実に其の福を受くるに如かず。

現代解釈

既済の九五は、頂点に位置しながらも形式的な華美さを退け、誠意と時宜を得た簡素な実践を尊ぶ爻です。外見の壮大さよりも、心からの誠実さと実質を重んじることで確かな福が得られる局面を示しています。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 63 既济 — 第5爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/63/5

易の占い

九五は中正を得て盛運の極みにありますが、之卦が明夷となる構造は才能や勢いを外へ誇示せず内に蓄える賢明さを示唆しています。易経の伝統的解釈において、東隣の派手な牛の生贄よりも西隣の簡素な心のこもった祭礼が真の福を受けるとされるように、外見の豪奢さより時宜と誠意が重んじられます。形式を追う無駄を省き、本質的な真心を行動に移すことが安定した吉祥を呼び込みます。見栄を捨てて実質と誠意を選ぶことが、長期的な信頼と実利をもたらします。

仕事・キャリア

組織の中枢や指導的な立場にあるとき、過剰な社内アピールや見栄えだけの演出に労力を割くのは得策ではありません。現場の細かな課題の解決や、関わる人々への真摯な配慮といった地道な実務に注力する方が、強固な信頼基盤を築くことにつながります。派手なパフォーマンスを控え、中身のある成果を積み重ねることが評価を守る鍵となります。

恋愛・対人

高価な贈り物や演出過剰なデートよりも、日々のさりげない気遣いや正直な対話こそが二人の絆を深めます。外聞を気にした関係性を取り繕うのではなく、互いの素朴な日常を共有し支え合う姿勢が、何物にも代えがたい安心感を生み出します。飾らない真心を丁寧に差し出すことこそが、二人の幸福を長く支えます。

金運

話題性のある投機話や見栄のための浪費を避け、財務の透明性と堅実なキャッシュフローを最優先すべき時です。見栄えの良い外形的な豊かさを競うのではなく、不要な固定費を削り、足元の生活基盤や確実な蓄えを固める判断が功を奏します。派手なリターンを追うより、確かな実質を守る管理が資産の安全を保ちます。

参考資料

原文

小象伝

東隣の牛を殺すは、西隣の時に如かざるなり。実に其の福を受くとは、吉の大いに来るなり。

古典注釈

周易本義爻辞

東は陽、西は陰なり。九五は尊位に居りて時已に過ぎ、六二の下に在りて始めて時を得るに如かざるを言うなり。また文王と紂との事に当たる、故に其の象占此くの如し。彖辞の「初吉終乱」も亦た此の意なり。

伊川易伝爻辞

五は中実にして孚あり、二は虚中にして誠あり、故に皆な祭祀を以て義を取る。東隣は陽なり、五を謂う。西隣は陰なり、二を謂う。牛を殺すは盛祭なり、禴は薄祭なり。盛んなるが薄きに如かざるは、時の同じからざるなり。二と五とは皆な孚誠中正の徳あり。二は済の下に在りて尚お進むことあり、故に福を受く。五は済の極に処りて進む所無し。至誠中正を以てこれを守るも、苟も未だ反るに至らざるのみ。理として極まりて終には反らざる者は無きなり。已に極に至らば善く処ると雖も如何ともする無し。故に爻象は唯だ其の時を言うのみ。

伊川易伝小象伝

五の才徳は善ならざるに非ざるも、二の時に如かざるなり。二は下に在りて進むの時にあり、故に中正にして孚あれば則ち其の吉大いに来たる、所謂「受福」なり。吉大いに来たる者とは、既済の時において大いに来たる為り。「亨小、初吉」これなり。

周易注爻辞

牛は祭りの盛んなる者なり。禴は祭りの薄き者なり。既済の時に居りて尊位に処り、物皆な盛んなり、将に何をか為さん。其の務むる所は祭祀のみ。祭祀の盛んなるは、徳を脩むるより盛んなるは莫し。故に沼沚の毛、蘋蘩の菜も、鬼神に羞むべし。故に「黍稷馨しきに非ず、明徳惟れ馨し」と。是を以て「東隣殺牛、不如西隣之禴祭、実受其福」なり。

周易注小象伝

時に合するに在りて、豊なるに在らざるなり。

周易正義爻辞

「九五東隣」より「受其福」に至るまで。

正義に曰く、牛は祭りの盛んなる者なり。禴は殷の春祭の名にして、祭りの薄き者なり。九五は既済の時に居りて尊位に処り、物既に済る、将に何をか為さん。其の務むる所は祭祀のみ。祭祀の盛んなるは徳を脩むるより盛んなるは莫し。九五は正を履みて中に居り、動きて妄を為さず、徳を脩むる者なり。苟も能く徳を脩めば、薄しと雖も饗さるべし。仮令東隣徳を脩むる能わず、復た牛を殺すこと至盛なりと雖も、鬼神の歆饗する所と為らざるは、我西隣の禴祭の薄しと雖も能く其の徳を脩むるに如かず、故に神明福を降す。故に「東鄰殺牛、不如西鄰之禴祭、實受其福」と曰うなり。

注の「沼沚之毛」より「鬼神」に至るまで。

正義に曰く、「沼沚之毛、蘋蘩之菜、可羞於鬼神」とは、並びに『左伝』の文を略せるなり。

周易正義小象伝

正義に曰く、「不如西鄰之時」とは、神明は徳を饗す、能く徳を脩め敬を致さば、祭祀の時に合いて薄しと雖も福を降す、故に時と曰うなり。

注の「在於合時」。

正義に曰く、「在於合時」とは、『詩』に「威儀孔時」と云えり。周王の廟中に群臣助祭し、並びに皆な威儀粛敬にして甚だ其の時を得るを言う。此の合時の義も亦た彼のごとくなるべし。正義に曰く、「吉大来」とは、身に当たるのみならず、福は後世に流るるなり。

一撮金爻辞

九五の五爻は中中:徳を積み功を施せば子孫あり、牛を殺して仏を祭るは西隣に及ぶ。功名の二文字垂に成らんとする日、首を回らせば山前に万物新たなり。

出典