周易本義小象伝
行うこと能わざるを言う。
第3爻
九三:戎を莽に伏せ、其の高陵に升る。三歳興らず。
九三は実力を頼みに他者を制しようとするものの、猜疑心と正当性の欠如から物陰に伏兵を潜ませるような長期の膠着状態に陥ります。「三歳興らず」と説かれるように、疑心暗鬼と不義の争いは自らを長く縛り付ける結果となります。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 13 同人 — 第3爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/13/3
九三は剛強ながら下卦の極みにあり、正応を持たないまま警戒心に駆られて敵対行動を企てる象形です。之卦の無妄卦や『小象伝』が説く「妄りに動かず本分に安んじる」姿勢を忘れて小細工を弄すれば、相手の強大な力に阻まれて身動きが取れなくなります。策略や過度な防衛心を手放し、正道に立ち返ることこそが消耗戦を終わらせる道です。
職場において周囲への疑心暗鬼から裏工作を仕掛けたり、過剰な対抗意識を燃やしたりすると、かえって自らの立場を追い込むことになります。正当な道理がないまま力づくで優位に立とうとしても、相手の堅固な防備に阻まれて徒労に終わります。不毛な駆け引きや警戒を直ちに止め、本来の業務と誠実な対話に専念することが打開策となります。
相手への不信感から試すような言動を繰り返したり、意固地な冷戦状態を続けたりして心が消耗しやすい時期です。疑心から相手をコントロールしようと身構えるほど、心の距離はますます離れていってしまいます。張り巡らせた警戒を解き、素直で率直な気持ちを伝えることが関係改善への唯一の糸口となります。
競争相手への対抗心や無理な利得を狙った投機的行動は、資金の長期的な凍結や損失を招く恐れがあります。裏技や不透明な手法に頼ろうとすれば、かえって身動きが取れなくなり大きな機会損失につながります。無理な争奪戦からは潔く身を引き、着実で透明な資金管理を守ることが無用な損失を防ぎます。
戎を莽に伏すとは、敵剛ければなり。三歳興らざるとは、安くにか行かん。
周易本義小象伝
行うこと能わざるを言う。
伊川易伝爻辞
三は陽をもって剛に居りて中を得ず、これ剛暴の人なり。同人の時にあたりて、志は同ずるにあり。卦にはただ一陰のみありて、諸陽の志はみなこれに同ぜんと欲す。三はまたこれと比す。しかるに二は中正の道をもって五と相応ず。三は剛強をもって二・五の間に居り、奪いてこれに同ぜんと欲す。しかれども理直ならず、義勝たず、ゆえに敢えてあからさまに発せず、兵戎を林莽のなかに伏蔵す。悪を懐きて内に不直を負う、ゆえにまた畏懼し、時に高陵に昇りて顧望す。かくのごとくして三歳という長きにいたりて、終に敢えて興らず。この爻は小人の情状を深く見す。しかれども凶といわざる者は、すでに敢えて発せざるがゆえに、いまだ凶に至らざるなり。
伊川易伝小象伝
敵する所の者は五なり。すでに剛にして且つ正なれば、それ奪うべけんや。ゆえに畏憚して伏蔵するなり。三歳に至るも興らず、終に安(いずく)んぞ行うこと能わんや。
周易注爻辞
同人の際に居り、下卦の極を踏む。上下を包弘し、彼の大同に通ずること能わず。物党あひ分れ、その道を乖(そむ)かんと欲し、比する所に貧(むさぼ)りて、上の応を拠とす。その敵は剛健にして、力の当たる所に非ず、ゆえに「戎を莽に伏せ」て、敢えてあからさまに亢(あらが)わざるなり。「その高陵に昇る」は、望みて敢えて進まざるなり。この勢いを量るに、三歳も興ること能わざる者なり。三歳も興ること能わざれば、すなわち五の道もまたすでに成る。安くにか行わんや。
周易注小象伝
安(あん)は、辞(助辞)なり。
周易正義爻辞
「九三、戎を莽に伏す」より「三歳興らず」に至るまで。
正義に曰く、「戎を莽に伏す」とは、九三は下卦の極に処し、上下を包弘して彼の大同に通ずること能わず、下に六二を拠とし、上に九五と相争わんと欲す。ただ九五は剛健にして九三の力敵すること能わず、ゆえに兵戎を草莽のなかに伏潜させ、その高陵に昇る。「三歳興らず」とは、ただ高陵に昇りて前敵を望み、この勢いを量れば、縦令(たとい)さらに三歳を経るも、また興起すること能わざるなり。
注の「上下を包弘すること能わず」より「安くにか行わんや」に至るまで。
正義に曰く、「上下を包弘し、彼の大同に通ずること能わず」とは、初九は門を出でて皆同じくし繋著する所なきが、これ上下を包弘して大同に通ずるなり。今、九三は下に六二を拠とし上の応を奪わんと欲す、これ包弘能わざるなり。「物党あひ分る」とは、同人の時、物はおのおの党類ありて相分別するをいう。二はすなわち五と相親しみ、三とは相分別するなり。「その道を乖かんと欲し、比する所に貧りて、上の応を拠とす」とは、この九三がその同人の道に乖き、類をもって相従わず、二の五に従うを知らずして、ただ苟も貪り、二と比近するをもってこれを取らんと欲し、上なる九五の応を拠とせんとするをいう。
周易正義小象伝
正義に曰く、「戎を莽に伏すは敵剛なればなり」とは、「戎を莽に伏す」の義を釈す。その九五の剛に当たるをもって敢えてあからさまに亢がわず、ゆえに「戎を莽に伏す」。「三歳興らず、安んぞ行わん」とは、「三歳興らず」の義を釈す。三歳を経るといえども、なお興起すること能わざるなり。安は語辞にして、なお何(いずく)にかと言うがごとし。すでに三歳興らざれば、五の道もまたすでに成りたり、何ぞ行うべけんや。ゆえに「安んぞ行わんや」という。これ外物を借りて人事を示すものなり。