East Almanac
日本語

52. 艮為山 (艮)

第2爻

この爻が動けば に変じる 18. 山风蠱 (蛊)
六二:其の腓に艮まる。其の随うを拯わず、其の心快からず。

現代解釈

六二は中正の徳を備えながらも、上位の九三に引きずられて自らの意思で止まることができず、心に鬱屈を抱える象です。周囲の勢いに翻弄されやすい立場を受け止め、無理な抵抗を避けて身を守る教訓を伝えています。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 52 艮 — 第2爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/52/2

易の占い

下卦の中位を得て正しさを保ちながら山風蠱へと変じる六二は、ふくらはぎが太ももの動きに従わざるを得ないような、不自由な制約を表します。古典的解釈によれば、自分に主導権がない状況で抗おうとすれば、かえって精神的な葛藤を深めるとされます。外部の強い力に逆らえないときは、不本意であっても一旦流れを受け入れることが痛手を抑える知恵です。

仕事・キャリア

職場で的確な判断力を持っていても、強硬な方針を掲げる上長や組織の決定に巻き込まれ、身動きが取れなくなる場面が想定されます。小象伝が「未だ退いて聴かざるなり」と指摘するように、聞き入れられない状況で無理に諫言しても事態は好転しません。自らの担当範囲に集中しつつ、無用な衝突を避けて好機を待つのが得策です。

恋愛・対人

パートナーの主導権や感情の起伏に引っ張られ、自分の本音を抑え込んで息苦しさを感じやすい関係性を示唆しています。伝統的な解釈では、相手を変えようと力づくで迫ることは摩擦を広げるだけだと諭します。不満をぶつけ合うのではなく、まずは自分自身の心の平静を保つことを優先してください。

金運

共同の支出や他者の提案に巻き込まれ、意図しない出費やリスク負担を強いられやすい傾向にあります。二次的な立場にあるため全体の舵取りは難しい時期であり、古典の知恵はさらなる追随を戒めています。自分の裁量で守れる手元の資金を厳格に切り離し、深追いを避けることが堅実です。

参考資料

原文

小象伝

其の随うを拯わずとは、未だ退きて聴かざるなり。

古典注釈

伊川易伝爻辞

六二は中に居り正を得て、止の道を得る者である。上に応援なく、その君を獲ず。九三は下の上に居りて成止の主となり、止を主とする者である。しかるに剛にして中を失い、止の宜しきを得ず。剛にして上に止まり、よく降りて下に求むるに非ず。六二に中正の徳ありといえども従う能わず。六二の行止は主とするところに係わり、自由を得るに非ず。ゆえに腓の象となす。股が動けば腓は随う。動止は股に在りて腓に在るに非ず。六二はすでに中正の道をもって九三の不中を拯救することを得ざれば、必ず勉めてこれに随い、拯うこと能わずしてただ随うのみである。咎は己に在らずといえども、あにその欲するところであろうか。言は聴かれず道は行われない。ゆえに「その心快からず」、その志を行う能わざるなり。士の高位に処するや拯うありて随うことなし。下位に在るやまさに拯うべきあり、まさに随うべきあり、これを拯うを得ずして然る後に随うあり。

象に曰く、「その随を極めず」とは、未だ退聴せざるなり。これを拯わずしてただ随う所以のものは、上に在る者がいまだ下に従う能わざるによる。退聴とは下に従うことである。

周易注爻辞

随とは趾を謂うなり。其の腓を止む、故に其の趾は拯われざるなり。腓の体は躁にして止に処し、其の随を拯うを得ず、又退聴して安静なる能わず、故に「其の心快からず」と言うなり。

周易正義爻辞

正義に曰く、「其の腓に艮まりて、其の随を拯わず」とは、腓は腸(こむら)である。足の上に在る。腓の体はあるいは屈しあるいは伸ぶ、躁動の物である。腓が動けば足はこれに随う。ゆえに足を随となす。拯は挙げることである。今すでに止を腓に施せば、腓は動くを得ず、足は拯げ挙ぐることなし。ゆえに「其の腓に艮まりて、其の随を拯わず」と言うのである。「其の心快からず」とは、腓はこれ躁動の物にして、強いてこれを止め、進むを貪りて動くを得ざれば、情と質と乖く。ゆえに「其の心快からず」と言うのである。この爻は止を施して其の所を得ざるを明らかにしている。

周易正義小象伝

正義に曰く、「未だ退聴せざるなり」とは、聴は従うことである。すでに動を拯う能わず、また静かに退きてその止まる命に聴従することも能わず、それゆえに「其の心快からず」なのである。

一撮金爻辞

六二、二爻・中中:易きも易きに非ず、難きも難きに非ず。忽然として平地に波瀾起これば、歌笑すべからく三両番ならしむべし。

出典