East Almanac
日本語

58. 兌為泽 (兑)

第6爻

この爻が動けば に変じる 10. 天泽履 (履)
上六。引きて兌ぶ。

現代解釈

兌の極みにおいて快楽や小手先の歓楽に溺れ、他者を誘いながら自らの明晰さを失う危険を説く爻です。伝統的な視座では、陰柔が頂点にあって中徳を欠き、外面的な愛嬌や誘惑に頼る姿勢は真の徳に欠けると見なされます。

AIにこのページを聞いてみる

リンクはプロンプトを事前入力するだけで送信しません — 主導権はあなたに。リンクが効かない場合は下のプロンプトをコピーしてください。

プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 58 兑 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/58/6

易の占い

上六は兌の極限に位置し、内実の伴わない外面的な愛嬌や巧みな言葉で他者を誘い込む「引兌」の危うさを表しています。変卦が慎重な歩みを説く天沢履であることや、小象伝の「未だ光ならざるなり」という指摘は、軽薄な歓楽の追及が真の光明をもたらさないことを示しています。その場しのぎの愛想や浅い繋がりに依存していると、いずれ自身の品格を損ない後悔を招くことになりかねません。目先の快楽や表面的な調和を追うのではなく、地に足の着いた誠実さを選ぶことが大切です。

仕事・キャリア

職場での関係維持を単なる世辞や表層的な根回しに頼りすぎると、本質的な専門性や信頼関係が損なわれる危険があります。履の卦が示すように、仕事の本質は薄氷を履むがごとき慎重さと実務能力にあり、見せかけの協調性は実力主義の場面で通用しません。社交辞令に費やす時間を自己研鑽や着実な実務の遂行に充てることで、揺るぎない評価が形成されます。うわべの愛想で場を繕うよりも、確かな仕事ぶりで周囲の信頼を勝ち取ることが重要です。

恋愛・対人

関係の不安や違和感を過度なスキンシップや表面的なロマンスでごまかそうとすると、かえって溝が深まる傾向があります。伝統的な解釈では、情緒的な盛り上がりを演出するだけでは根本的な価値観の不一致を解決できず、信頼をすり減らすと戒められています。飾り気のない対話を通じて互いの本音に向き合い、誠実な姿勢で日常を共有することが長期的な絆を育みます。演出されたムードに頼るのをやめ、ありのままの誠意を伝え合うことが確かな絆を築きます。

金運

雰囲気や社交上の見栄に流された散財、あるいは巧妙な宣伝文句に誘われた衝動買いに注意が必要な時期です。履の教えが説く節度と自己管理に立ち返り、本当に価値のある対象以外への安易な支出を抑制する姿勢が資産の安定を保ちます。刹那的な享楽や付き合い消費を見直し、家計や事業資金の基本原則を忠実に守ることが肝要です。華やかな誘惑から一歩退いて収支の規律を整えることが、長期的な経済的安定につながります。

参考資料

原文

小象伝

「上六の引兌」は、未だ光大ならざるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

上六は説を成すの主であり、陰をもって説の極みに居り、下の二陽を引き寄せて相ともに説びをなすが、彼らが必ず従うとは限らない。ゆえに九五はまさに戒むべきであるが、この爻はその吉凶を言わないのである。

伊川易伝爻辞

他卦は極点に至れば変じるが、兌は説びであり、極まればいよいよ説ぶ。上六は説を成すの主として説の極みに居り、説んで已むことを知らない者である。ゆえに説びがすでに極まっているのに、さらに引き伸ばして長くするのである。しかし悔いも咎にも至らないのはなぜか。答えれば、まさにその説びの已まざるをいうのみで、その説ぶところの善悪はまだ見えていないからである。また下は九五の中正に乗じており、その邪説を施すところがない。六三は承も乗もみな正しからず、それゆえに凶があるのである。

伊川易伝小象伝

説びがすでに極まっているのに、さらに引き伸ばして長くする。説びの心は已まないとはいえ、事理はすでに過ぎ去り、実に説ぶべきものはない。事が盛んなれば光輝があるが、すでに極まって強いてこれを引き伸ばすのは、その無意味なること甚だしい。どうして光輝があろうか。「未」とは必ずしもそうならぬという辞であり、『小象』の中に多く用いられる。必ずしも光輝を有することができない、すなわち光大なら得ないことをいうのである。

周易注爻辞

陰柔の質をもって最も説の後ろに処し、静かに退く者である。ゆえに必ず引かれてしかるのちに説ぶのである。

周易正義爻辞

正義に曰く、上六は陰柔の質をもって最も兌の後ろに在り、これ自ら静退するものであって、六三の自ら進んで説びを求めるのとは異なる。必ず他人に引かれるのを待ってしかるのちに説ぶ。ゆえに「引兌」というのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「未だ光大ならざるなり」とは、躁ぎ求める凶は免れるとはいえ、時機に後れる過失もあるため、『経』に「吉」の文がないのは、その道が未だ光大ならざるがゆえである。

一撮金爻辞

上六の六爻、下下:楽しみの極まりには悲しみが相望み、引兌来たるも吉と凶とあり。未だ光大ならず終には須らく暗く、日は西山に落ちて返照のうちにあり。

出典