周易本義爻辞
机は音は几。
九にして二に居ればよろしく悔いあるべし。然れども渙の時に当たり、来たりて窮せず、よくその悔いを亡ぼす者である。ゆえにその象と占いはかくのごときである。けだし九が奔りて二が机(つくえ)となるのである。陰柔にして中正ならず、己に私ある象である。然れども陽位を得て居り、志は時を済うにあり、よくその私を散じてもって悔いなきを得る。ゆえにその占いはかくのごときである。大凡この上の四爻はみな渙に因りてもって渙を済う者である。
第2爻
九二:渙にその机に奔る。悔い亡ぶ。
動揺や危難の最中に、頼れる足場や安全な拠点へ迅速に退避して身を守る知恵を示します。伝統的な解釈では、確固たる支えを見出すことで悔いが消え、望みがかなうとされています。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 59 涣 — 第2爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/59/2
九二は険難を司る坎の只中にあり、失位ではあるものの下卦の中庸を得ており、状況を冷静に見極める分別を備えています。「渙奔其机」とは、混乱のなかで身を寄せるべき机や足場へ素早く退避する姿を表し、之卦は観へと向かいます。小象伝が「願ひを得るなり」と説くように、過度な露出を避けて安全な拠点を確保することが危機の解消につながります。確かな足場へと身を引き守りを固めることで、動揺を乗り越えて安心を得られます。
組織の再編や業務の混乱が生じた際は、無理に対立や挽回を試みるのではなく、定められた規程や信頼できる部署へ退くのが賢明です。中堅としての調停力を活かしつつ、基盤となる本分を守ることで風波が収まるのを待つ姿勢が求められます。実績あるやり方や頼れる仲間の元に立ち返ることが、職場の動揺から身を守る鍵となります。
外的なストレスや環境の変化で関係が揺らぐときは、相手を責めるのではなく、互いにとっての心の避難所となることが大切です。伝統的な見方では、生活基盤を整え、実質的な安心感を提供し合うことで後悔をなくせるとされます。二人の間にある確かな絆をシェルターとして守り抜くことで、困難のなかでも絆が深まります。
市場の変動や不透明感が高まる局面では、リスクの高い勝負を避け、守りの堅い安定資産や手元資金の確保を最優先にすべきです。机に身を寄せる象のように、流動性や確実性を重視した防衛的な基盤を整えることが資産保全につながります。手堅い基盤へと守りを引き締めることで、不測の波乱から大切な資産を守り抜けます。
「渙にその机に奔る」とは、願いを得るなり。
周易本義爻辞
机は音は几。
九にして二に居ればよろしく悔いあるべし。然れども渙の時に当たり、来たりて窮せず、よくその悔いを亡ぼす者である。ゆえにその象と占いはかくのごときである。けだし九が奔りて二が机(つくえ)となるのである。陰柔にして中正ならず、己に私ある象である。然れども陽位を得て居り、志は時を済うにあり、よくその私を散じてもって悔いなきを得る。ゆえにその占いはかくのごときである。大凡この上の四爻はみな渙に因りてもって渙を済う者である。
伊川易伝爻辞
諸爻みな渙というは渙の時をいう。渙離の時にありて険中に処すれば、その悔いあるべきは知るべし。もしよく安んずるところへ奔り就けば、悔い亡ぶるを得る。机とはうつむき凭れてもって安んずるものである。俯して下に就くのである。奔とは急ぎ往くことである。二と初は正応ではないが、渙離の時に当たり、両者ともに与(くみ)するものなく、陰陽親比して相求めれば相頼る者である。ゆえに二は初を目して机となし、初は二を謂いて馬となす。二が急ぎ初に就きて安を求めれば、よくその悔いを亡ぼすことができる。初は坎体といえども険中にはない。あるいは初の柔微なるを何ぞ頼るに足らんかと疑うかもしれぬが、渙の時は力を合することを勝れりと為す。先儒はみな五をもって机となすが、非である。まさに渙離の時、二陽どうして相同じくなれようか。もし同じくなれるならば渙を済う功を成すことまさに大なるべし、どうしてただ悔い亡ぶるにとどまろうか。机とは俯して就くことをいうのである。
象に曰く「渙にその机に奔るは願いを得るなり」とは、 渙散の時は合するをもって安しとなす。二は険中に居り、急ぎ初に就きて安を求める。これを頼ること机のごとくにしてその悔いを亡ぼすは、すなわち願うところを得るのである。
周易注爻辞
機(机)は物を承ける者であり、初を指す。二はともに応がなく、初と相得ており、しかも初は散の道を得ている。離散して奔り、その安んずるところを得る。ゆえに「悔い亡ぶ」のである。
周易正義爻辞
正義に曰く、「渙にその機(机)に奔る」とは、機は物を承ける者であり、初は二を承けているので、初を指して機となす。二はともに応がなく、初と相得ており、初は難を遠ざかる道を得ている。いま二が散じて奔り初に帰すゆえに、「渙にその機に奔る」という。「悔い亡ぶ」とは、初が散の道を得て二が往きてこれに帰し、その安んずるところを得るがゆえに悔いが亡ぶるのである。正義に曰く、「願いを得るなり」とは、難を逃れて奔散し、安んずるところを得んと願い、初に奔りて安きを獲る、これその願いを得るということである。