周易本義爻辞
鴻の行くや序ありて進むに漸あり。干は水の涯(ほとり)なり。始めて下に進みて、いまだ安んずる所を得ず、しかも上また応なし。ゆえにその象はこのごときのようであり、その占いは小子には厲(あやう)く、言うことありと雖も、義においては咎なきなり。
第1爻
初六:鴻、干(みずぎわ)に漸(すす)む。小子厲(あや)うけれども、言(こと)あれば咎なし。
初六は漸卦の始まりにあたり、雁が岸辺に降り立ちながらも周囲の小言や警戒に直面する段階を象徴します。経験不足から生じる批判や緊張はあるものの、分を守り正道に徹していれば最終的な過ちには至りません。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 53 渐 — 第1爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/53/1
最下位にある陰爻が剛位にあり応爻も欠く配置は、物事の始動期において外からの風当たりや孤立感を味わいやすい状況を示します。変卦が家人となることは、外側での論争を避け、内なる基盤や身内の結束を固めるべき時であることを示唆しています。初期の摩擦は通過儀礼と受け止め、静かに本分を守ることで難を逃れることができます。
新たな職場や未経験のプロジェクトに参加した直後であり、実力が未知数なために周囲から厳しい視線や小言を受けやすい時期です。ここで無理に自己主張をしたり感情的に反論したりすると、かえって孤立を深める恐れがあります。まずは与えられた基本的な職務を愚直に遂行し、行動で信頼を勝ち取ることが最善策です。
関係性が始まったばかりの初期段階にあり、お互いの事情や価値観が十分に伝わっていないため、周囲の雑音に惑わされやすい傾向があります。他人の無責任な評価や噂話に振り回されて、芽生えたばかりの好意を疑うのは賢明ではありません。二人だけの対話を重ねて少しずつ理解を深めることが、揺るぎない絆への第一歩です。
資金計画の初期段階に位置しており、市場の噂や根拠のない儲け話に惑わされやすい脆さを持っています。周囲の意見に流されて安易に投資先を変えたり、不確実な話に手を出したりすると、大切な元本を損なう恐れがあります。今は積極的な運用よりも手元の資金を堅実に守る管理に徹することが身を守る道です。
小子の厲うきも、義として咎なきなり。
周易本義爻辞
鴻の行くや序ありて進むに漸あり。干は水の涯(ほとり)なり。始めて下に進みて、いまだ安んずる所を得ず、しかも上また応なし。ゆえにその象はこのごときのようであり、その占いは小子には厲(あやう)く、言うことありと雖も、義においては咎なきなり。
伊川易伝爻辞
漸の諸爻は皆鴻の象を取る。鴻の物たる、至るに時ありて群に序あり、その時序を失わざるはすなわち漸となす。干は水涯なり。水鳥の水の涯に止まるは、水に至りて近きなり。その進むや漸と謂うべし。行きて時をもってするはすなわちいわゆる漸なり。漸進して漸を失わざればその宜しきを得ん。初六は初に居りて至下なり。陰の才は至弱なり。しかも上に救援なし。これをもって進むは常情の憂うる所なり。君子は深く識り遠く照らし、義理の安んずる所、時事の宜しき所を知りて、これに処りて疑わず。小人・幼子はただ能く已然の事を見、衆人の知に従うのみにして、能く理を燭(て)らすにあらず。ゆえに危懼して言うことあり。蓋し下に在るが進む所以なるを知らず、柔を用いるが躁(さわ)がしからざる所以なるを知らず、応なきが能く漸なる所以なるを知らざるなり。義においては自ら咎なし。もし漸の初めにおいて剛を用いて急進せば、すなわち漸の義を失い、進むこと能わずして咎あること必せり。
伊川易伝小象伝
小子はもって危厲となすと雖も、義理においては実に咎なきなり。
周易注爻辞
鴻は水鳥なり。進むに適くの義は、下より始めて昇る者なり。ゆえに鴻をもってこれに喩う。また皆進みてこれを履むをもって義となす。始めて進みて窮下に位し、またその応なし。干を履むがごときは、危うくして安んずべからざるなり。始めて進みていまだその位を得ざれば、すなわち小子に困(くる)しみ、謗言に窮す。ゆえに「小子厲うして言うことあり」と言うなり。小人の讒諛の言に困しむも、未だ君子の義を傷(そこな)わず。ゆえに「咎なし」と言うなり。
周易正義爻辞
「初六鴻漸」から「咎なし」に至るまで。正義に曰く、「鴻干に漸(すす)む」とは、鴻は水鳥なり。干は水涯なり。漸進の道は、下より高きに升(のぼ)る。ゆえに譬えを取る。鴻の飛ぶや、下よりして上る。初の始進において、いまだ禄位を得ず、上に応援なく、体また窮下なり。鴻の河の干に進みて安寧を得ざるがごとし。ゆえに「鴻干に漸む」と言うなり。「小子厲うして言うことあれども、咎なし」とは、始進していまだ顕位を得ざれば、凌辱を致し易し。これすなわち小子に危うくせられて、謗言に毀(そし)らるるなり。ゆえに「小子厲うして言うことあり」と言う。小人の言は「いまだ君子の義を傷わず」。ゆえに「咎なし」と言うなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「義において咎なきなり」とは、つぶさに《経》を釈すごとし。