周易本義爻辞
すでに中を過ぐれば泰すでに極まれり。ゆえに三陰が翩然として下に復り、富を待たずしてその類これに従い、戒令を待たずして信ずるのである。その占いは小人が合交して正道を害する兆しあり、君子のまさに戒むべきところである。陰は虚にして陽は実である。ゆえにおよそ「富まず」と言うはみな陰爻である。
第4爻
六四:翩翩たり、富まざれども其の隣を以てす。戒めざれども孚あり。
上卦へと移行した六四は、富や身分の誇示を捨て、軽やかに下の陽爻へと心を寄せて互いに信じ合う姿を示します。利害の打算を手放し、飾らない誠意で周囲と打ち解けることが真の調和を生み出します。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 11 泰 — 第4爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/11/4
六四は柔順な坤の最下層にあって初九の陽と正しく応じ、上位にありながらへりくだって交わる美徳を象徴しています。伝統的な解釈では「翩翩たり、富まずして其の鄰を以てす、戒めずして孚あり」と称され、物質的な誇示を離れた純粋な信頼感が人々の心を結びつけると説かれます。内面の誠実さこそが真の強さとなります。損得勘定を捨てて率直な誠意を示すことで、周囲と深く温かな協力関係を築くことができます。
部門間の垣根や上下関係の形式ばった態度を取り払い、オープンな姿勢で対話に臨むことが業務の円滑化をもたらします。自己の実績や権利の主張に終始するのではなく、同僚や後輩への献身的なサポートを示すことで強い信頼関係が生まれます。打算のない誠実な協力体制を築くことが、チーム全体の成果を底上げします。
見栄や打算を排し、素直な感情と無防備な信頼を分かち合える心地よい関係性が広がる時です。相手に対して余計な警戒心を解き、ありのままの自分をさらけ出すことで、心の奥底で通じ合えるようになります。飾り気のない純粋な真心で接することが、二人の距離を一気に縮めてくれます。
自己の利益のみを独占しようとせず、周囲との分かち合いや透明な金銭感覚を大切にすべき局面です。過度な蓄財や無理な節約に執着するよりも、信頼できる関係性への還元や共同での健全な取引を優先する方が得策です。誠実な信用の積み重ねこそが、巡り巡って持続的な豊かさをもたらす土台となります。
翩翩として富まざるは、皆実を失えばなり。戒めざれども孚あるは、中心より願うなり。
周易本義爻辞
すでに中を過ぐれば泰すでに極まれり。ゆえに三陰が翩然として下に復り、富を待たずしてその類これに従い、戒令を待たずして信ずるのである。その占いは小人が合交して正道を害する兆しあり、君子のまさに戒むべきところである。陰は虚にして陽は実である。ゆえにおよそ「富まず」と言うはみな陰爻である。
周易本義小象伝
陰は本来下に居るべきものであり、上に在るは実を失うこととなる。
伊川易伝爻辞
六四は泰の中を過ぎる処に居り、陰をもって上に在りて志は下に復るにある。上の二陰もまた志は下に趨くにある。翩翩とは疾く飛ぶさまを言う。四が翩翩として下に就くは、その隣と同じくするからである。隣とはその同類であり、五と上を指す。およそ人が富みてその類が従うは利のためであり、富まずして従うはその志を同じくするからである。三陰はみな下に在るべきものであり、上に居るはすなわちその実を失っている。その志はみな下行を欲するがゆえに、富まずして相従い、戒告を待たずして誠意相合するのである。陰陽の昇降はすなわち時運の否泰であり、あるいは交わりあるいは散ずるは理の常である。泰がすでに中を過ぐればすなわちまさに変ぜんとする。聖人は三においてなお艱貞なれば福ありと云う。三はまさに中たらんとして戒めを知れば保つことができるからである。四はすでに中を過ぎており、理として必ず変ずる。ゆえに専ら始終反復の道を言う。五は泰の主であるから、重ねて泰に処する義を言っているのである。
伊川易伝小象伝
翩翩として下に往くこと疾く、富を待たずして隣が従うのは、三陰が上に在りてみなその実を失っているからである。陰は本来下に在るべき物であるのに今上に居るのは、実を失っているのである。告戒を待たずして誠意相与にするのは、その中心願うところであるからにほかならない。理として然るべきは天であり、衆の同じくするところは時である。
周易注爻辞
乾は上に復るを楽しみ、坤は下に復るを楽しむ。四は坤の首に処し、その居るところに固執せず、命を見ればすなわち退く。ゆえに「翩翩」と言うのである。坤の爻はみな下るを楽しみ、己退けばすなわち従う。ゆえに富を待たずしてその隣を用うるのである。己とその志願を同じくせざる者はなく、ゆえに戒めを待たずして自ずから孚とするのである。
周易正義爻辞
正義に曰く、「六四翩翩」とは、四は坤の首を主として下に復らんと欲し、命を見ればすなわち退くがゆえに翩翩として下るのである。「不富以其鄰」とは、以は用である。「鄰」とは五と上を指す。今己が下に復れば、衆陰ことごとくこれに従う。ゆえに財富を待たずしてその隣を用うるのである。「不戒以孚」とは、隣みな己に従い志願を共にし、戒告を待たずして自ずから孚信して己に従うのである。
周易正義小象伝
正義に曰く、「皆失実」とは、「翩翩不富」の義を解釈している。衆陰がみな本来の実居の処を失っているかのごとくであり、今すでに命を見て翩翩として動くを楽しみ、財富を待たずしてことごとくこれに従う。ゆえに「皆実を失う」と言う。「不戒以孚中心願」とは、「不戒以孚」の義を解釈している。六四の戒告を待たずして六五と上六がみな孚信をもってするのは、中心みな下に復らんことを願うに由る。ゆえに戒めを待たずして自ずから孚とするのである。