周易本義爻辞
卦は物の隨うをもって義となし、爻は物に隨うをもって義となす。初九は陽をもって下に居り、震の主となり、卦の隨たるゆえんの者である。すでに隨う所あれば、すなわち偏主する所ありてその常を変ず。ただその正を得ればすなわち吉なり。また当に出門して交わり、その隨うを私せざれば、すなわち功あるなり。ゆえにその象占かくのごとし。また因りてこれを戒むるなり。
第1爻
初九:官渝るあり、貞にして吉なり。門を出でて交われば功あり。
随の初九は、内なる活動力を持ちながら閉じた領域から外へ踏み出す変革の始まりを示しています。狭い枠組みにとらわれず、正道を保ちながら外の世界と広く交わることで、確かな成果へと繋がります。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 17 随 — 第1爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/17/1
初九は下卦・震の主爻であり、陽剛の力をもって下位から動き出す資質を備え、之卦は人が集まる沢地萃となります。伝統的な解釈において「官渝る」とは既成の立場や拘りに執着せず、柔軟に門を出て交わることの功績を説いています。内輪の安心感に安住せず、開かれた姿勢で外部の良き縁を結ぶことが発展への第一歩となります。
職場においては、これまでの固定化された役割や部署の垣根を見直し、新しい環境へ歩み出す好機です。易経の教えにある「門を出でて交われば功あり」の通り、内向きな慣習を離れて社外や他分野の知見に触れることが大きな進展を生みます。視野を外へと広げて多様な協力関係を築くことで、仕事の可能性が一気に開けます。
対人関係や恋愛では、過去の理想像や限られた交友圏に固執せず、心をオープンにすることが実りをもたらします。古典的視座では、慣れ親しんだ狭い輪から一歩踏み出す姿勢こそが、誠実な共鳴者との巡り合いを呼ぶとされています。先入観を捨てて自然体で多くの人と接することが、良縁を引き寄せる鍵となります。
金銭面では、既存の枠内にとどまるよりも、新たな情報網や外部のネットワークと連携することで道が開けます。伝統的な解釈では、外の世界と積極的に通じ合うことが実利を呼び込む契機と位置づけられています。内向きな保守主義を脱し、健全な情報交換や人脈の開拓に注力することで、堅実な基盤が整います。
「官渝るあり」とは、正しきに従えば吉なるなり。「門を出でて交われば功あり」とは、失わざるなり。
周易本義爻辞
卦は物の隨うをもって義となし、爻は物に隨うをもって義となす。初九は陽をもって下に居り、震の主となり、卦の隨たるゆえんの者である。すでに隨う所あれば、すなわち偏主する所ありてその常を変ず。ただその正を得ればすなわち吉なり。また当に出門して交わり、その隨うを私せざれば、すなわち功あるなり。ゆえにその象占かくのごとし。また因りてこれを戒むるなり。
伊川易伝爻辞
初九は隨の時に居りて震体にして且つ動の主であり、隨う所ある者である。官とは主守なり。すでに隨う所ありとは、これその主守する所に変易あるなり。ゆえに「官に渝るあり、貞吉」と曰う。隨うところ正を得ればすなわち吉なり。渝るありて正を得ざれば、乃ち過動なり。「門を出でて交われば功あり」とは、人の心の従うところは多く親愛する者なり。常人の情はこれを愛すればすなわちその是を見、これを悪(にく)めばすなわちその非を見る。ゆえに妻孥の言は失ありといえども多く従い、憎むところの言は善なりといえども悪となす。いやしくも親愛をもってこれに隨わば、すなわちこれ私情の与(くみ)するところにして、豈に正理に合わんや。ゆえに門を出でて交わればすなわち功あるなり。門を出づとは私暱(しじつ)にあらざるをいい、交わるに私をもってせざるが故に、その隨うこと当を得て功あるなり。
伊川易伝小象伝
すでに隨いて変ずるあり、必ず従うところ正を得ればすなわち吉なり。従うところ正しからざればすなわち悔吝あり。門を出でて交わるは私に牽かれざるなり。その交わりは必ず正し。正しければすなわち失無くして功あり。
周易注爻辞
隨の始めに居り、上に応無く、偏繋するところ無く、動きて能く時に随い、意に主とするところ無き者である。隨うに欲をもってせず、欲をもって宜しきに隨う者である。ゆえに官に渝変あるも、隨いて正を失わざるなり。門を出でて違うこと無ければ、何の失う所あらんや!
周易正義爻辞
「初九」から「功あり」まで。
正義に曰く、「官に渝るあり」とは、官とは執掌の職をいう。人の心の執掌も官と同称す、ゆえに人の心の主とするところを「官の渝変」と謂うなり。この初九は既に応無く、偏繋する所無く、隨う可ければすなわち隨う、これ執るところの志に能く渝変あるなり。唯だ正にこれ従う、ゆえに「貞吉」なり。「門を出でて交われば功あり」とは、隨うところ私欲をもってせず、ゆえに善を見ればすなわち往きてこれに隨う。これをもって門を出づれば、交わりてその功を獲るなり。
注の「隨の始めに居り」から「何の失う所あらんや」までについて。
正義に曰く、「隨うに欲をもってせず、欲をもって宜しきに隨う」と言うは、もし応あればすなわち私欲あり。偏応無きを以て、これ隨うところの事は私欲をもってせず、正あればすなわち従う。これ欲をもってその宜しきに隨うなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「官に渝るあり正に従えば吉なり」とは、「官に渝るあり」の義を解釈する。執るところの官守正しくして能く時に随いて渝変し、貞正を見るをもってすなわち往きて随従す。ゆえに「正に従えば吉」と云う。「門を出でて交われば功あり失わざるなり」とは、「交われば功あり」の義を解釈する。隨うところ、正道を失わざるを以て、ゆえに門を出づれば即ち功あるなり。