East Almanac
日本語

15. 地山謙 (谦)

第3爻

この爻が動けば に変じる 2. 坤為地 (坤)
九三:労謙の君子、終りありて吉なり。

現代解釈

九三は謙卦において唯一の陽爻として重責を担い、多大な功績を立てながらも誇らない「労謙君子」を表します。骨身を惜しまず尽力しつつ謙抑を保ち続けることで、誰もが心服し、最後には確かな実りを迎えます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 15 谦 — 第3爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/15/3

易の占い

卦全体の主爻である九三は、剛健にして正を得ており、上下の陰爻たちを一人で支える要の役割を果たしています。象伝に「万民服するなり」とある通り、労苦を厭わず成果を上げても手柄を誇らない高潔さが、絶大な人心掌握の力となります。要するに、大役を果たしても決しておごらず謙虚でいることが、揺るぎない人望と果実をもたらします。

仕事・キャリア

プロジェクトや組織の推進において中心的な役割を担い、最も重い責務を着実に完遂できる時期です。自らの功績を独占せず周囲の労をねぎらう姿勢を貫くことで、同僚や上司からの圧倒的な支持と求心力を獲得できます。一言で言えば、実力で成果を出しつつ謙虚さを失わなければ、誰もが認めるリーダーシップが確立されます。

恋愛・対人

恋愛や家庭生活において、献身的に相手や家族を支え、信頼の礎を築く頼もしい存在となれる配置です。言葉で恩着せがましく主張するのではなく、日々の行動で誠意を示すことが、相手の深い感謝と一生の信頼につながります。つまり、見返りを求めずに尽くす誠実な姿勢が、揺るぎない絆と幸福な関係を育みます。

金運

自身の勤勉な労働と確かな実力に基づき、実体のある価値が着実に積み上がっていく堅牢な運気です。易学の伝統では、労を惜しまぬ着実な取り組みこそが真の財を成すと考えられており、安易な一攫千金ではなく本業の充実が財運を支えます。要するに、地道な努力と節度ある金銭感覚を守り抜くことで、安定した資産基盤を築くことができます。

参考資料

原文

小象伝

労謙の君子とは、万民服するなり。

古典注釈

周易本義爻辞

卦には唯一つの陽があり、下卦の上に居り、剛にして正を得て、上下の帰するところとなる。功労ありて能く謙なるは、とりわけ人の難んずるところである。ゆえに終りありて吉である。占う者、かくのごとくなれば、その応のごとくなる。

伊川易伝爻辞

九三は陽剛の徳をもって下体に居り、衆陰の宗(たっと)ぶところとなり、履んでその位を得て、下の上となる。これ上は君に任ぜられ、下は衆に従われ、功労ありて謙徳を持する者である。ゆえに「労謙」という。古の人にこれに当たる者があり、周公がこれである。身は天下の大任に当たり、上は幼弱の君を奉じ、謙恭にして自ら牧し、夔夔(きき)として畏るるがごとし。労ありて能く謙なる者といえる。すでに能く労謙し、また須らく君子がこれを行いて終りあらばすなわち吉なり。夫れ高きを楽しみ勝つを喜ぶは人の常情であり、平時に能く謙なるも固よりすでに少なし。況や尊ぶべき功労あるにおいてをや。たとい謙の善なるを知りて勉めてこれをなすとも、もし矜負の心を忘れざれば、すなわち常久なること能わず、その終りあらんことを欲すれども得べからざるなり。ただ君子のみ謙順を安んじて履むをその常行となす。ゆえに久しくして変ぜず、これいわゆる終りあるなり。終りあればすなわち吉なり。九三は剛をもって正に居り、能く終る者である。この爻の徳は最も盛んなるが故に、象辞も特に重んじられている。

伊川易伝小象伝

能く労謙する君子は、万民の尊服するところである。『繋辞伝』に云う、「労して伐(ほこ)らず、功ありて徳とせず、厚きの至りなり。その功をもって人に下る者を語るなり」と。徳は盛んをいい、礼は恭をいう。謙とは恭を致してその位を存する者である。労ありて自ら矜伐せず、功ありて自ら徳とせざるは、これその徳の厚きことの至りである。その功労をもって自ら謙りて人に下ることをいう。徳は盛んをいい、礼は恭をいうとは、その徳をもってこれをいえば至盛であり、その自処の礼をもってこれをいえば至恭である。これいわゆる謙である。夫れ謙とは、恭を致してその位を存する者をいう。存とは守ることである。その恭巽を致してその位を守る。ゆえに高けれども危うからず、満つれども溢れず、ここを以て能く終吉なるなり。夫れ君子の謙を履むは、その常行であって、その位を保たんがためにこれをなすのではない。而してその位を存すというは、けだし恭を致す能うゆえに能くその位を存すのであり、謙の道がかくのごときをいうのである。善をなせば令名ありというがごときは、君子が豈に令名のために善をなさんや。またその令名あるは善をなすが故なるをいうのである。

周易注爻辞

下体の極に処り、履んでその位を得、上下に陽ありてその民を分かつこと無く、衆陰の宗とする所となり、尊きことこれに先だつものなし。地山謙の世に居りて、何ぞ尊きに安んずべけんや。上を承(う)け下を接し、労謙して解(おこた)らず、ここを以て吉なるなり。

周易正義爻辞

正義に曰く、「労謙君子」とは、下体の極に処り、履んでその位を得、上下に陽ありてその民を分かつこと無く、上を承け下を接し、謙に労倦するなり。ただ君子のみ能く終りて吉を得るのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「万民服す」とは、労謙たるゆえんの義を解釈するものである。上下の群陰が、万民が皆来たり帰服する象であることによって、事は須らく引接すべく、ゆえに疲労するなり。

一撮金爻辞

九三・三爻(上中):労心いたずらに労心するも、労心して終には成るあり。清風来たりて力を借し、歓笑のうちに前程を見る。

出典